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3年間という時間を過ごして、今僕らは。
3年前の本日。東日本大震災が起こった。
あんなに大きな地震は今まで体験したことは無く、職場が揺れに揺れ、停電が起き、成すすべもなく揺れが収まるまで体がこわばって動けなかった。
仕事は途中で終わり、帰宅の最中に車のテレビを見たとき、コンビニが、港が津波に飲み込まれていくのを見た。あの感情は、9.11の飛行機がビルに突っ込んでいくのをリアルタイムで見ているような、頭の片隅がしびれて思考が停止するような。何も考えられないような、長いようで短い時間。
次の日からはガソリンが無い、コンビニの商品nが売り切れる、電気は無駄に使うな、ライブなんてやっている場合か、被災地へ勝手に物資を送っても迷惑だ、いや、送らなきゃどうするんだ。
色んな情報が飛び交い、被災者の為を思って、皆が意見をぶつけあい、そうして原発は爆発し、日本が一変した。
そんな怒涛の一週間を過ごした後、決まっていたライブを、若い子達と実施した。
色んな意見があった。しかし極力電気を使用しないように、ライブは行われた。
結果、その場には笑顔が溢れていました。
誰がなんと言おうと、その音楽の場には不安に満ちていた若者たちに活力を与えてくれたと思っている。
それから1年間、色んな復興イベントの情報を眺めていた。果たして自分に何が出来るのか、考えていた。いつも体を動かすよりも考えてしまい、結局何もできなくなる自分は、取り敢えず拙い音源と、復興を共に歩みを進めてくれる仲間とバンドを結成した。
一貫して、コンセプトは「震災復興」。そして「一過性で終わらず、長く続けること」。
3年経ち、色んなタイミングと色んな方々の力でCDを全国に流通させることも出来、そこからの売上を募金に充てるというやり方で、少しばかりですが被災地への募金を行なうことが出来ました。
http://sayonaraitsuca.tumblr.com/donation
まだほんの少ししか行えてませんが、2年間のバンド活動の結果を報告させてもらいます。
また今年も少しづつ進み、続けていく事。
忘れちゃいけない事、伝えていく事。
被災地の方々の安寧を願って。
2014年3月11日
サヨナライツカ 船水真人
あんなに大きな地震は今まで体験したことは無く、職場が揺れに揺れ、停電が起き、成すすべもなく揺れが収まるまで体がこわばって動けなかった。
仕事は途中で終わり、帰宅の最中に車のテレビを見たとき、コンビニが、港が津波に飲み込まれていくのを見た。あの感情は、9.11の飛行機がビルに突っ込んでいくのをリアルタイムで見ているような、頭の片隅がしびれて思考が停止するような。何も考えられないような、長いようで短い時間。
次の日からはガソリンが無い、コンビニの商品nが売り切れる、電気は無駄に使うな、ライブなんてやっている場合か、被災地へ勝手に物資を送っても迷惑だ、いや、送らなきゃどうするんだ。
色んな情報が飛び交い、被災者の為を思って、皆が意見をぶつけあい、そうして原発は爆発し、日本が一変した。
そんな怒涛の一週間を過ごした後、決まっていたライブを、若い子達と実施した。
色んな意見があった。しかし極力電気を使用しないように、ライブは行われた。
結果、その場には笑顔が溢れていました。
誰がなんと言おうと、その音楽の場には不安に満ちていた若者たちに活力を与えてくれたと思っている。
それから1年間、色んな復興イベントの情報を眺めていた。果たして自分に何が出来るのか、考えていた。いつも体を動かすよりも考えてしまい、結局何もできなくなる自分は、取り敢えず拙い音源と、復興を共に歩みを進めてくれる仲間とバンドを結成した。
一貫して、コンセプトは「震災復興」。そして「一過性で終わらず、長く続けること」。
3年経ち、色んなタイミングと色んな方々の力でCDを全国に流通させることも出来、そこからの売上を募金に充てるというやり方で、少しばかりですが被災地への募金を行なうことが出来ました。
http://sayonaraitsuca.tumblr.com/donation
まだほんの少ししか行えてませんが、2年間のバンド活動の結果を報告させてもらいます。
また今年も少しづつ進み、続けていく事。
忘れちゃいけない事、伝えていく事。
被災地の方々の安寧を願って。
2014年3月11日
サヨナライツカ 船水真人
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